2014年08月14日

夏コミ・サンプルブログ貼り付け版

好きなライバルキャラはクリムゾン・プリンスです。

こんにちは、サイトウケンジです。
いよいよ二日前になってまいりました。

今回は「PDFで読むの面倒なんでいっそ貼り付けてください」
という方のために、試しに貼り付けてみたサンプルとなっています。
誤字脱字や表現がアレなところなどがあるところはご勘弁ください。
それでは雰囲気を楽しむために表紙など貼り付けつつ。

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101番目の百物語異聞、サンプルバージョンをお届けします。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
◆章前:語り部の言葉
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◆"AfterSchool-ClassRoom"

 私の友達の友達が実際に体験した話なんですけど……。
 ってまたまた、なんですか? その『なんか久しぶりに始まったよ』みたいなお顔は。
 確かに久しぶりかもしれませんけど、その間にも色々あったんですよ? いやー、ほんとに色々ありましたとも。それを貴方にお話できなかった、というのがこんなに心苦しかったのは大変だったんですから、もう。
 
 さておき、そんなことより! そう、都市伝説ですよ、都市伝説!
 
 うわー、露骨に嫌そうな顔になりましたね。さては『どうせ嘘っぽい適当な噂なんだろこいつー』とか思ってません? 違いますってば。本当に、友達の友達が体験したお話なんですってばー。貴方が体験できないのは、私の友達だからですよ。むしろ守ってあげていると言っても過言ではないので、もう少し私に感謝してくれてもいいんですよ?
 さて。そんな貴方の態度とはまるで無関係に語ってしまいますと、今度の都市伝説は、かつて大活躍したあの『101番目の百物語』が帰ってくるというお話です!
 わ~! ドンドンドンドン! パフパフ!
 おや、あんまり乗り気ではありませんね? 好きでしたよね、あのお話。ほら、モンジとかいう本名、一文(いちもん)字(じ)疾風(はやて)っていう男がハーレムを作った話です。
 あれ、リア充は爆発した方がいい? まあ、そうですね。彼は本当に上手いこと、ヒロインたちと仲良くしたまま終わりましたからねー。あんまり巷に出ているライトノベル、通称ラノベでは見ないですよね、ハーレム作っちゃうの。じゃあフラれた女の子たちはどうしているのでしょうか? みたいな意見もあったりしますよね。
 ちなみに現実だとその女の子はフラれたという素敵なほろ苦い思い出にして、さっさと次の男に鞍替えします。それはもうあっさりと。『あの時の俺はモテていたから、またあの子に……』とか思って勿体無く感じても、とっくに別の男に胸をドキドキさせて『まるでこの恋……初恋みたい……!』とか言うくらい薄情なのでご安心ください。フラれたのにいつまでも好きでいるとかはストーカーになっちゃいますしね。それでいいんですよ、世の中は。
 でも、なんかヒロインを一人に決めるのが嫌だ! 選ばれなかったヒロインたちが可哀想だからハーレムものは嫌いだ! なんて意見もちらほらとあるみたいですね? まったく、贅沢な注文です! というか普通はモテモテでも一人に絞るものなんですよ! それなのに二人同時が素敵とか、みんなとイチャイチャとか、むしろ主人公以外は男を出すなとか、そんな自己中心的な注文もあるくらいです。そういう無茶言うならいっそお前がその物語を書いて発表してドヤ顔をしてみろー! って感じですよね!
 
 おっとすみません、うっかり熱く語ってしまいました。ああ、いえ。私のような語り部としましては、そのようないわゆるネット意見に負けずに、主人公たちは面白い話をバンバン体験してくれればいいなーと思っているわけです。はい。
 ここまで熱く語っているのですから、聞いてくれますよね? なんせ久しぶりですものね? いいですよね? ね?
 うん、よろしい。それでこそ私の選んだ友達です。

 さて、そんなこんなで今回はそうですね……モンジの物語の外伝と言いますか。また違ったお話と言いますか……。ぶっちゃけ、まるで『つづく!』という感じに終わっていますが、続かないはずのものなので安心してお楽しみください。ただ、今まで私が長々と語ってきた『101番目の百物語』を知らないと、流石によく解らない物語になっていますので、そこのところはご注意ですよ?
 ん? 誰にこんな話をしているかと言いますと、貴方は私のことを知っている友達なのか、それとも私を忘れた友達なのか、全く知らない友達なのか解らないからです。

 そう、今回のお話はそういう、本当にここはどこなのか。そして貴方は誰なのか。私は誰なのか……みたいなちょっと奇妙なお話となっています。ついでに言うと、登場する女の子たちもちょくちょく恥ずかしい目に遭ったりします。
 おっと、早速食いついてきましたね? いいですよ、やっぱり本能には忠実に従うべきだと私も思います。お腹が空いたら食べて、眠くなったら寝る、それが人間らしい営みであり、生きる使命なのです。決してダイエットがつらいから言っているのではありませんから、そこのところは要注意です。いえ、太って見えないかもしれませんが、最近はちょっぴり胸の辺りがきつくなって、ですね……チラ。みたいな。
 
 こほん。ともあれ『101番目の百物語』では全女の子がフラれなかったので、彼女らはみんな今でも幸せそうにしています。嫉妬で燃え狂ったり、嫌がらせをしたり、悪い噂を流して陥れようとしたりもしていません。強いて言えば妹の位置を誇る従姉妹がずっと他の女子に対抗意識を燃やしているようですが、『一緒に住んでいる』というアドバンテージがあるからか、少々優位に立っている気分でいるようですね。
 今回のお話はそんな従姉妹が出会ってしまった都市伝説の話からスタートします。とはいえ、それはほんの触りの事件です。本当の事件はその後、モンジにこっそりと這い寄っていたのです……!

 さあ、それでは――。

『101番目の百物語異聞』、始めたいと思います!

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◆異聞外話・迷いの森のロア
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◆"MidNight-Station"

 不意に目が覚めた私は、列車の中にいました。
 普段、列車の中で寝ることなど絶対にしない私なのですが、今回ばかりは油断してしまっていたようです。
「むにゃむにゃ……リアー、もう食べられないわようー」
 私の左肩に頭を乗せてコテコテの寝言を呟いているのは、同じクラスの友人スナオ・ミレニアムさんでした。夢の中で何かを食べているらしく、口がもごもごと動いています。金髪のドリル髪が頬に当たり、少しだけくすぐったく感じました。
 それにしても今は何時くらいなのでしょうか。
 見回してみると、列車の中は他に誰も乗っていません。外の景色は暗くてよく分かりませんが、結構な田舎を走っているようにも思えます。
 スナオさんを起こさないようにスマートフォンを取り出して時間を確認すると……時計は二十三時を大きく過ぎていました。もうすぐ二十四時。いつの間にかかなりの時間眠ってしまったようです。
 かなりの時間……?
 そもそも、私がこの列車に乗ったのは何時くらいだったでしょうか。そして、その時に乗った列車はこんな内装だったでしょうか……?
 吊り広告もなく無機質な印象を受けるやや古い車内には、ガタンゴトンという規則的な音だけが響いています。
 確か、海沿いに出没するという奇妙なロアの調査に出向いて、その帰りに……。
「……その帰りに乗ったのは特急だったはずです」
 私はその事実に気が付いて、慌てて立ち上がりました。
「ふにゃっ」
 私という支えがなくなってスナオさんが可愛らしい声を上げて椅子に倒れこみます。
「んもう~、どうしたのよう、リア~……むにゃむにゃ」
 目元をこすりながら非難するスナオさんはまだちゃんと目が覚めていないようです。なので、ここは敢えて返事をしないでおきました。
 私は列車の中を改めて見回します。
 ガラッ。
 すると、後部車両のドアを開けて誰かが入ってきました。
 長い銀髪が薄暗い灯り中でもキラキラと輝いている少女……私のもう一人の相棒でもある、アリサさんです。
「よう、おはようさんリア」
「おはようございます、アリサさん。他の車両を確認してきたのですね」
「まあな。ちなみに完全に無人。運転手も車掌もいなかったぜ」
「……やはり、ですか……」
 おそらく私たちよりも先に起きて、色々調べていたのでしょう。アリサさんはやれやれと肩を竦めながら、私たちの向かいの席に座りました。
「この手のタイプのロアは私の予兆が通じないんだよなあー」
 なんてぼやいています。
「え、うそ。いつの間にかあたしたち、ロアの攻撃食らってんの?」
 スナオさんはようやくハッキリと目を覚ましたのかキョロキョロと見回していました。
「そうかもしれない、という感じですね」
「え、じゃあこの列車どこ走ってんの!?」
 そのまま外の風景をじーっと睨むように見つめています。
「なんか、山と草原ばっかなんだけど! 家とかもほとんどないわっ!」
「お、なんだスナオは夜目がきくのか?」
「うん? お嫁さん?」
「そうだな。スナオはお嫁さんにしたいくらい、暗い所を見るのが得意だもんな」
「そうでしょう、そうでしょう! あたしくらいの凄いロアになると、真っ暗闇でもちょっとは見えちゃったりするもんなのよ、えへん!」
 アリサさんがスナオさんの勘違いを上手く繋げて褒めていました。この気の利いた言い回しは私にはできないので、素直に感心します。
「どんなロアの可能性がありますか、アリサさん?」
「そうだなあー。このまんま列車に乗らされ続ける幽霊列車系とか、どっかに辿り着いたらそこが地獄っていうあの世行きの列車ってパターンか、後はどっかの駅に着いたらそこから出られないってのもあるな」
「対策は……大体解りますね」
「まあな。幽霊列車なら列車がロアだろうからぶっ壊せばいいし、地獄に辿り着くならどっかに車掌か運転手のロアがいるからぶっ殺せばいい。だが、一応パッと見た感じ列車はロアっぽくなかったし、運転手も車掌もいなかったぜ」
「どこかの駅から出られない、の場合は……駅そのものがロアでしょうか?」
「大半はそうなるな。しかし、駅から移動すると良くないってパターンの話もあるから、もしかしたら別のロア要因なのかもしれないな」
「なるほど……」
 アリサさんの、魔女としての知識は大変参考になります。
『予兆の魔女アリシエル』。
 人の死や病魔の『予兆』を象徴する知識やジンクスが具現化した魔女です。彼女が何も告げないということは私たちからはまだ死の予兆は見えないということでしょう。
 彼女はそれが見えた時、躊躇いもなく『お前さん、もうすぐ死ぬぜ』と教えてくれる、そういう都市伝説みたいなものですから。
「それで、リア。実際のところ『終わらない千夜一夜(エンドレス・シェラザード)』として、上手いこと対抗神話は見つかりそうかい?」
「そう……ですね……」
 私の『物語の主人公』としての能力、『千の夜話(アルフライラ)』。
 対象のロアの物語は無事に解決した、という内容の対抗神話を唱えることで、対象のロアの都市伝説を強引に『終わらせる』というものです。従って、そのロアがどんな話なのか、何が恐いポイントなのかさえ解れば、ほとんど対応することができます。
 強いて弱点を挙げるとすれば対抗神話を唱える時の朗読時間が、それなりにかかることでしょうか。その間は、今は私たちの話の邪魔をしないように大人しくしてくれているスナオさんが守ってくださるので、全く問題はありません。
 ですから、今のうちにイメージと対策方法はある程度考えておくことにします
「それなりには、対抗神話も浮かんでいます。幽霊列車であれば『その列車はついに駅に辿り着いたのでした』というものですし、地獄行きの列車であれば『その行き先は元の場所だったのです』で締めれば大体は平気のはずです」
 最後の『そこから出られない』系のロアであっても『その先は元の世界でした』などの話にしておけば、無事に帰るだけならば可能でしょう。その場合はロアの退治とまではいきませんが、まずは敵のテリトリーから抜け出すというのも大事です。
「ってことは、結構ラクショーなの?」
 話をじっと聞いていたスナオさんが綺麗な碧眼をくりくりと輝かせて見上げてきます。
「ま、今のとこお前さんたちが死ぬ予兆はないな」
「油断はできませんが、よりによって私たちを巻き込んだ、ということを後悔させて差し上げたいのは確かですね」
「そうね! ギッタンギッタンにしましょ!」
 スナオさんがすっかりやる気を出しています。
 私の頼れる仲間、アリサさんとスナオさん。
 この二人がいる限り、私に負けはない。そう思えました。

    ◆       ◆       ◆

 やがて列車は減速して……。
「あ、どこかに到着するみたいよ? なんか灯りが見えるもの」
 スナオさんが窓に顔を貼り付けて線路の先を見ています。
「あの世に到着した、ということではないことを祈りましょう」
「んー、そうね。あの世っていうより、超小さい駅って感じっ」
 スナオさんの言う通り、列車は小さなホームに到着しました。
 プシュー……ドアがゆっくりと開きます。
 特に到着のアナウンスもなければ、誰かがやってくる気配もありません。
「なるほど、さて、何が出るかなー」
 アリサさんはさっさと列車を降りて、駅の看板を眺めていました。
 私も一度だけ列車の中を見回してから、開いたままのドアからホームに降り立ちます。
 ごく普通に造られた小さな無人駅。少し地方に行けばこのタイプの駅はよくあるでしょう。駅にある小さな電球のような灯りと、列車の明るさのおかげで視界に不自由はしませんが、駅周辺は真っ暗闇と言ってもいいくらいに暗く何も見えません。
 草木がサワサワと風になびいている音が聞こえるくらいです。調査してみないことには何があるのかは不明ですが……。
 なんとなく、闇の中に何かがいるような気がするので警戒は強めておきます。
「看板の文字ははっきりとは読めないが、まあ三番目の説で間違いないだろう」
 アリサさんのため息まじりの言葉を聞いて、私も看板を見てみました。
 行き先も、今来た駅も、そしてこの駅のことも、全て文字がかすんでしまっていて読めません。なんとなく『……さ……ぎ……』のように見えなくもありませんが、長い年月放置されていたのか、文字の形をなしていないので明確には理解できませんでした。
「こいつは幽霊列車でも、地獄列車でもない。『きさらぎ駅』だ、リア」
 アリサさんが手を組みながら告げました。
「きさらぎえき?」
 スナオさんが看板をコンコン叩きながら尋ね返しています。
「ああ。元々は十年くらい前にインターネットのオカルト系掲示板に載っていた話だな。列車の中にいた女が、気がついたら全く知らない駅に辿り着いたってスタートだ。元々乗ってた伊豆の方の列車にはそんな『きさらぎ』なんて駅はなくて、ちょっとパニックになるって感じのホラー話さ」
「ふえー。その時は看板に『きさらぎ駅』って書いてあったの?」
「みたいだな。そのままそいつは、歩いて帰ることにして線路沿いに歩き出したわけよ。今来た線路を辿っていけば、元の場所に帰れるって思って。その後はえーと……トンネルがあったり、祭りの音が聞こえたりしたんだっけな?」
「お祭り? なんだかファンキーな話なのね」
 ファンキーなのかどうかは解りませんが、確かに色々な要素が混ざり合った話なのかもしれない、と聞いている私も思いました。
「こいつの愉快なところは、他にも『オレもきさらき駅に着いたことある!』とか、実は色んな地方で似たような駅があったとか、そういう話が生まれまくったことだな。ひとつのきっかけをベースに『同じ体験をしたことがある』って言い出すヤツが増えたのさ。その地方のバリエーションも多彩で、伊豆だったり東北だったり九州だったり。列車から降りれなかったり、降りても何もなかったり、降りないおかげで助かったり、とかな」
「ふえー……んで、オチはなんなのよ、アリサ」
「うむ。実際のきさらぎ駅には、実はもう一人の登場人物が現れるんだ。あれ? その前にじじいがいたんだっけな? まあいいや。トンネルを抜けた先に、なんか車を持ったおっさんがいて。安心して話しかけてみると、今日はもう遅いからホテルかどっかに案内するとかなんとか。そのまま車に乗ってると、なんか怪しい……どこかに連れて行かれるのかもしれない……みたいなところで、その後の書き込みはなかったって感じのはずだ。どっかで後日談が語られたとかいう噂もあるが、本人かどうかも解らないってのもいかにも都市伝説向きだろう。オカルト好きなニトゥレストならもっと詳しく覚えているんだろうが、私だとこんなもんだよ」
 ニトゥレスト、と聞いて私はつい表情を固くしてしまいました。
 兄さんといつも一緒にいる相棒の一人……『ロア喰い』とも呼ばれる危険な魔女。
 確かに彼女の知識量は多いので、このロアについても詳しく知っていたでしょう。
「聞いてる限り、なんか変なロアねー。結局なに? 人さらいしたいの? だったらそんな回りくどいことしないで、わたしみたいにサッ! とかっぱらっちゃえばいいのに」
「ロアってのは面倒な手順があるヤツも多いのさ。だけどまあ、言われてみれば確かに、こいつは単なる人さらいの噂話かもな。単純に読む限りは『神隠し』の一説みたいなものなわけだが」
 ロアの中でも有名過ぎる存在として確立されている『神隠し』。
 その話は世界中に広がっているため、その力は決して衰えないどころか日に日に増すばかり、という恐ろしいロアです。
 ……そんな危険極まりないはずの『神隠しのロア』も兄さんのそばにいたりするのですが、今度は表情を固くせずに済みました。
「リア、ちょくちょく嫉妬してる場合じゃないぜ」
「リアは乙女だから仕方ないのよー」
 しかし、二人にはバレバレだったようで少し恥ずかしくなります。
「こほん。私のことはいいんです。この駅が『きさらぎ駅』だとした場合、この駅そのものがロアとみなすべきなのでしょうが……なんとなく、それだけではない気がしています。移動先にあるトンネル、その先にいる男性など。いくつかの要素がこの話の中には絡み合っていますから」
「そうなの? この駅をぶっ飛ばせばいいんじゃないの?」
「単なる神隠しならばそれで問題ありません。ですが、この駅は単なるスタート地点に過ぎない可能性があるんです、スナオさん」
 そう。『きさらぎ駅』というタイトルの都市伝説だから駅そのものがロア、というのは安直な考え方であることを思い知っていました。この駅が開始地点であり、その先にいくつもの『神隠しトラップ』が待ち構えているものだった場合……私の敵は単なる駅のロアではなく、別種の『神隠し』になります。それも……。
 十数年くらい前に生まれたばかりの、情報の少ない相手ということです。
 トンネル、祭りの音、男性、移動先……。
 場合によっては、かつて兄さんが倒したロアである『人喰い村(カーニヴァル)』のように、この駅を開始場所としてかなり広範囲を含めたものである可能性もありました。
「ま、色々探してみようぜってことだな」
 アリサさんは早速改札の方に向かっています。ロアである彼女にとって恐怖心というものは無縁であり、魔女でもある彼女は好奇心の塊でもあります。
「私たちも色々調べてみましょう、スナオさん」
「そうね。リアのヒントを探さないと」
 そう、私の対抗神話を使うためには、ロアのヒントを探す必要がありました。
 いかなるロアをも消すことができるという能力であるため、最強最悪の主人公とまで呼ばれている私ですが……消すための夜話は調査と想像によって作り上げるものです。
 それはつまり『その都市伝説は嘘だった』『その話はもう解決している』『原因が解っているから不思議な話ではない』というものを人々に信じさせる話を読み上げること。
 ある程度、対抗神話の中に創作要素が入っていたとしても、より多くの人が信じるものであれば効果的、というものです。
 ここで『きさらぎ駅』に関しての夜話を創作する必要があるとします。たとえば、『もう二度と、その駅に辿り着く人はいなくなりました』のようなものを対抗神話として朗読するとしましょう。
 そうすればこの不思議な駅に辿り着く犠牲者は確かにいなくなるかもしれません。ですが、他にもこの不思議な空間への入り口があった場合、何の解決にもならないのです。
 そして別の都市伝説か何かで、どこかに迷い込んだ人が『駅に辿り着いてみると、そこにはきさらぎ駅と書いてあった』などと言ってしまった場合……。
 私の『千の夜話』は破られ、『きさらぎ駅』は復活します。
 だからこそ私が夜話を創り上げる時は、より詳細なデータが必要となるのです。
「とりあえず改札にも誰もいなかった。完璧な無人駅だな。お金カード系も使えないみたいだったぜ。リア、知ってるか? 昔は切符をカチンカチン切ってたんだぞ」
 アリサさんが何かで切符を挟むような仕草を見せました。
「キップをきるの? べらんめー、てやんでー、みたいな?」
 スナオさんはこれまた勘違いしているようです。それはきっぷの良い人、のような時に使用する全く別の言葉だったはずでした。
「そうだな。つまり昔の駅員さんはかなりいなせな男だったってわけさ」
「へえー、べんきょーになったわね、リア!」
「そ、そうですね」
 本当のことを話していいものなのか、それとも別に嘘ではないからツッコミは入れなくていいのか。アリサさんの人を喰ったような物言いはなんとも言葉に困ります。
「……それで、アリサさん。改札を出た先はどうなっていましたか?」
「草ボーボーで道みたいなのも覆い尽くしている感じだったな。あれだけ背丈の高い草を三人で進むと、離れ離れになる可能性は高いとみたぜ」
「三人で手を繋いでいればいいんじゃないの?」
「ま、それも手なんだが。いかんせん、その草の先がどこに繋がってるかも解らんだろ? 無理して三人で突き進んでも仕方ないさ」
「アリサがバビューン! って飛んで見てくるってのは?」
「真っ暗過ぎてよく解らんが、一個の手ではあるっちゃあるな。もっとも、月どころか星すら出てない闇夜だから正直勘弁して欲しい。私が飛び去った後、この場所に戻ろうとしたら戻れなかった……ってのもあるかもしれんし」
 この手のロアの世界は、ロアそのものが持つ世界観に囚われます。空を飛んで脱出を図ろうとした場合、良くて同じ場所に戻ってくるのですが。最悪のパターンだとそのまま永久にどこにも戻れない、ということも有り得るのです。
「朝になったら何か見えるかもしれないわよ?」
「朝が来る場所ならそれも手なんだろうけどな?」
「あ……そっか。そうよね、ロアの世界だものね」
 当たり前の感性でアリサさんに質問してくれるスナオさんのおかげで、私の中でも情報が整理できていました。
 改札を出て先に進むこともできず。
 行けるとしたら、線路を戻るか先に進むか、という二択に絞られた場所。
「この列車に乗り続けるという選択肢もないのですね」
 私が最終確認も兼ねて尋ねると。
「きっと動かないだろうしな。こいつはここまで被害者を乗せてお役御免ってことさ。列車っていうのはレールに従って人を運ぶものだ。なのに、全く違う場所に連れて行かれてしまうかもしれない……そんな不安感を煽られた結果、こういうロアができたんだろ」
 アリサさんはそんな分析結果を教えてくれました。
 流石は魔女のロア。様々なものを研究し考察することを得意とする、ロアの中でもかなり敵に回してはいけないタイプの一人です。
「寝過ごした時の超ビックリした感じね! わかるわー」
 スナオさんは確かに、何度も寝過ごしそうな雰囲気がありました。
 外国からこちらに住むようになってからはあまり列車に乗ることはなかったはずなので、おそらく元々いた外国での話なのかもしれません。
 ……外国の列車って、結構駅と駅の間が離れているような印象がありますが、スナオさんは大丈夫だったのでしょうか。
「で、どうするリア?」
「まずは物語をなぞりましょうか。襲われた時は宜しくお願いします、スナオさん」
「うん、まかせて! さいきょーの『夜霞(やがすみ)のロッソ・パルデモントゥム』の実力をバリバリ見せてあげるわっ!」
「では、ええと……」
「インターネットの書き込み通りなら、このまま線路に降りて元来た道を戻れって感じになるけどな」
「線路の先ってどこに繋がってるのかしらね?」
 スナオさんは列車の進行方向が気になっているようです。
 進むにしても戻るにしても、真っ暗闇に向かっていく形。
「結局どこにも繋がってなくて、戻ることもできなくて、そのまま消えちまうってことも充分に考えられるぜ」
「うわぁー、厄介なロアね! 本体が現れてぶっ殺す! とかなら楽なのに!」
 実際、本当に厄介なロアでした。
 情報を整理すればするほど、悪い方向に進む以外の選択肢が消されている気がします。
 とはいえ、こうしてロアの挑戦を受けた以上は立ち向かわなくてはなりません。
 何故なら私は。
「そうですね、本体を見つけて懲らしめるとしましょう。一体誰に喧嘩を売ってしまったのか、きちんと教えこむ必要があります」
 私はホームの後ろに向かって歩きながら、拳をきゅっと握り締めました。
「そいつは最強の主人公に、ってことかい?」
「それもあります。ですが、今の私たちは……」
 そのまま、真っ暗闇の奥。何かが潜んでいるような気配の先。
 そこにいるであろう、私たちを待ち構えているロアを睨みつけるように。
「『101番目の百物語』、その所属ロアを敵に回すということが、どれほど普通のロアにとって危険であるのかを知らしめる必要があります」
 兄さんの妹、兄さんの物語として。
 私は絶対にこんなロアに負けるわけにはいきませんでした。

    ◆       ◆       ◆

 線路を歩くうちに、視界はすっかり暗くなっていました。目の前を歩く金髪と銀髪がかろうじて解る程度で、線路の脇には本当に暗黒が広がっています。

『おーい、線路を歩くと危ないぞー』

 背後で老人の声が聞こえて足を止めました。
「あー、そういえば書き込みには『声をかけられて振り向いたら片足のお爺さんだった』みたいな話も載ってたっけな」
 アリサさんが立ち止まって教えてくれます。
「やっつける?」
「別に敵と決まったわけではありません。むしろ親切な言葉なのですから、特に反応することもなく進むとしましょう」
「そうだな、振り向く必要はないだろ」
 振り向いてお礼を言う、ということをしないのはなんとなく嫌な気分でした。ですが、この手の怪談話だと振り向いたせいで付きまとわれるというのはよくある話です。スナオさんの能力で安全圏に隠れることは可能なのですが、だからといってわざわざ危険な可能性に踏み込む必要はないでしょう。
「振り向かずに手だけ振っておくわねっ」
「そうですね、それくらいでいいかもしれません」
 スナオさんが手をぴょこぴょこ振ります。
 それにしても、ここにきて親切な言葉というのが不思議な気分でした。
 このロアの目的が全く見えません。
 かつて兄さんが囚われた『人喰い村』では、村人たちは基本的に親切だったそうです。
 それはいずれ襲いかかるために油断させていたかららしいのですが。その時の話をする兄さんはいつも少し心苦しそうでした。親切にしてくれていた人々を倒さなければならなかった、というのが兄さんを傷つけていたようです。
 今となっては名実ともに『最強の主人公』としてその名を広めている兄さんですが、その心はずっと優しくて温かい、変わらないままのいつもの兄さんでした。
 ……だからこそ、私たちがちゃんとしませんと。
 こんなロアに囚われている場合ではないのです。
「で、もうすぐトンネルが見えてきたわけだが、入っていいんだな?」
「ええ、構いません。行きましょう。何か見えたらすぐに教えてください」
「了解だぜ」
「今のとこ、線路と草と、ちょっと向こうにトンネルの入り口があるだけよー」
 私にはさっぱり何も見えませんが、ロアであるアリサさんとスナオさんの目にはきちんと暗闇の先が見えているようでした。身体能力も、五感もロアやハーフロアの方が優れています。また、兄さんのように『主人公のロア』としての力を完全に受け入れた方はハーフロアとして力が強くなっているそうです。
 ですが、私はまだ人間のままでした。いつでも『主人公のロア』となって、より強い力を手に入れることもできるのですが……。なんでも、それをすると外見年齢がその時の姿で固定する可能性があるそうです。
 できれば、もう少し育ってから固定したいので。私はまだ先送りにしていました。
 なんせ、兄さんの周りには恐ろしいほどスタイルがいい人だらけなのです。匹敵することは難しいまでも、ある程度は張り合えるくらいにはなりたい。そう思ってしまう乙女心というものでした。
「リア、すんごい落ち着いてるわね? 今回の敵って結構たいへんなんじゃないの?」
「大変なロアだとは思いますが、ここで冷静さを欠いてしまうと討伐が難しくなってしまうでしょう?」
「ん、それもそうね。リーダーシップを期待してるわね、わたしのリアっ!」
 スナオさんが嬉しそうに体を寄せてきたので、私はその頭を撫でました。
 私が落ち着いていられるのは、兄さんに恥じない妹であり続けるためです。
 心の中心に兄さんがいる限り、私は不覚を取ることはないでしょう。
「ってなわけで、トンネルの前まで来たが……中身はさっぱりだ」
「そうねー。わたしの目でも真っ暗で何も見えないわ」
「真の闇、ということですか」
 私は顎に手を当てて考え込みます。
 このまま進むべきなのか、それとも引き返すべきなのか。
 決断できるとしたら今だけでしょう。
「手を繋いで中に入るとしましょう」
「あいよ。リアを真ん中にすればいいんだな?」
「はい、宜しくお願いします」
 私の左手をアリサさんが、右手をスナオさんが握ってくれました。
 これから、おそらく敵も本格的に仕掛けてくるはずです。
 そんな時、敵の正体が解らない私は無力です。
 私の能力である『千の夜話』は最強の攻撃力を持つ代わりに、私自身がただの人間であるという最大の弱点があります。
 だからこそ、二人は私をしっかりと守ってくれました。
 そして、三人で横並びになってトンネルの中へと入ります。
 冷やりとした空気が流れてきて、向こう側に通じているというのは確かなようでした。
 真っ暗な闇が、まるで生きているかのように纏わりつくような嫌な気分になります。闇に質量はないはずですが、ぬるりとした嫌な空気を感じていました。
「しかし、これだけ広大なロアの世界ともなると、どんな倒し方がいいんだろうなー」
 アリサさんがのんきな口調で話しかけてきます。
「本体がいて、そいつをゴチーン! ってやっつけるってのは?」
 スナオさんの方からはブンッと手を振ったような気配がしました。
「その本体ってのがどれなのか、って話だよな。ロアってのは都市伝説が実体化したものなはずなんだが、今のとこ駅でも列車でもなかったわけだろ。むしろ、こうして歩いている線路だってこいつのロアの一部かもしれないわけだ」
「じゃあ、いっそそこら辺の壁をドカーン! って壊せば苦しんだりしないかしら?」
「ハハッ、なるほど。スナオはシンプルでいいなー」
 この世界そのものがロアである、という考え。
 それは納得できるものでありながら、恐ろしいものでもありました。
 世界そのものを消し去る対抗神話をすぐに創り上げるなんてできるのでしょうか。
「さっき話しかけてきたお爺さんっぽい声が本体ってのは?」
「親切な言葉だったからなあー。善良な魔女である私としては殴るのは良心が痛むぜ」
「トンネル抜けて何もなかったらヤッちゃう?」
「ま、それもひとつの手かもしれん」
 あっさりと良心の痛みも気にしない手のひら返しっぷりは流石だと思います。そんな二人の会話に耳を傾けながら、私はどれだけ歩いたのかを考えていました。
 反響する声からして、結構歩いたとは思うのですが……。
 トンネルは中々抜けることができません。
 向かう先も真っ暗で、振り向いて見ても真っ暗です。
 自分が闇に取り込まれたような気持ちになって、少しだけ身震いしてしまいました。
「確かトンネルを抜けると、車が停まってて、そこにはやっぱり親切な人がいるって話だったはずだ」
「そういえばさっきもそんなこと言ってたわね。そいつが本体ならヤッちゃう?」
 スナオさんは早く倒したくて仕方ないようです。
「まあ、手当たり次第でもいいかもしれないもんな、いっそ」
 アリサさんも考えることを放棄したのか、乗り気になっていました。
 と、その時です。
 
 ドンドン……シャンシャン……。
 
 遠くの方、今向かっている方から何やら音が聞こえてきました。
「なあに、あの音?」
「んー……私の記憶によると、山の方から聞こえてくる祭りばやしの音らしい。太鼓とか鈴とかそういうヤツだな」
「やっぱりファンキーなロアなのね」
「実際に祭りをやっているのか、別の何かの音なのかは解らないけどな。私の知ってるクリーチャーは、鳴き声とか動く時の音が鈴っぽかったりすることもあるくらいだし」
「へえ! クリーチャーとか呼べるの、アリサ!」
「いや、私は無理だ。ニトゥレスト辺りはなんかいっぱい呼んでたな、そういや」
「あいつはあいつでチートよねっ」
 ニトゥレストこと、仁藤(にとう)キリカさんの話をする時は何故か二人とも不機嫌そうになります。彼女は魔女と呼ばれるロアの中でも、かなり危険な存在である『ロア喰い』。だからこそ、ほとんどのロアには信用されていません。
 兄さんも最初は食べられるところだったらしいのですが、なんだか上手いこと口説いて、今はすっかりべた惚れされているとか。
 でも、彼女の持つ知識や力は大変役立つものばかりなので、兄さんにとってはなくてはならない人なのも確かです。少し、悔しいですが。
「お、風が近くなってきた。そろそろ外っぽいな」
「んー……ほんとだ。ちょっと外っぽいの見えてきたわね」
 私にはまだ何も感じることはできませんが、どうやらトンネルの中は何事もなく終わってくれるようでした。
 この暗黒の中で襲い掛かられていれば、私たちは身動きが取りづらかったはずです。敵が攻撃の意志を持っているのなら、今のタイミングが比較的簡単に倒せる状態だったでしょう。それなのに敵は、一切の攻撃をしてきませんでした。
 駅に到着してからの選択肢の広さといい、線路に降りた時の老人の声といい、なんだか遊ばれているような気すらしてきます。
「トンネル、出たわー!」
 ヒュオッ、と横風が吹いてきました。
 私にもうっすら見えるくらい、線路や草が目に入ります。
 空はどんよりと曇っているのか真っ暗なので、僅かな光はどこから発せられているのでしょうか。
「リア、大丈夫か? なんなら、私がビームでも撃ちまくって光らせてもいいが?」
「そうですね、いざという時はそれでお願いします」
 視界が悪いというのはとても精神的なストレスになっていました。少し頭がくらくらするのも、そのせいかもしれません。長く闇の中にいたせいか、感覚が狂っているような不快感に襲われています。
 アリサさんのロア能力で辺りを攻撃すれば、確かに一時的な光は生み出せるはずなので、いざという時はそれをお願いすることにしましょう。
 と、そんなことを考えている時でした。
 
 カッ!
 
「うひゃっ!」「うおっ」
 いきなり強い光が私たちを照らして、目が眩みました。
 手をかざしながら見てみると、それはどうやら車のヘッドライトだったようです。
 アリサさんが言っていた『車と親切な人』の登場でしょうか。
「おーい、大丈夫かいっ」
 そんな男性の声が聞こえてきます。
 声音からして中年男性でしょうか。よく見れば、いかにも人当たりの良さそうなおじさんがこちらに手を振っています。
「どうする? ヤッちゃう?」
「本体と決まったわけでもありませんし、まだ情報が少ないので待機です」
 スナオさんをたしなめながら、私たちはその車と男性に近付きました。
「こんな所を歩いているなんて、列車が停まって困っているのかい? 良ければ近くの駅まで送るよ。そこにならビジネスホテルも交番もあるはずさ」
 何も尋ねていないのに、いきなりそんなことを言われて面食らってしまいました。
 用意されたかのような台詞の違和感を、彼は全く気にしている様子はありません。ここに迷い込んだ一般人にしてみれば、こうして気さくに話しかけてくれるだけで嬉しくなってしまい、信用するということなのでしょうか? 落ち着いている私たちにしてみれば、これはもう罠にしか思えないというのに。
「なんだ、車に乗せて貰えるのかい?」
 そんな相手に対しても、アリサさんは平然と話しかけていました。彼女の豪胆さのようなものが時折、とても羨ましくなります。
「もちろんだよ、乗りなさい。送っていこう」
 柔和な笑顔で言われましたが、やっぱりそこには違和感しかありません。
 いきなり光で照らしたことといい、用意された台詞を口にしたことといい、すぐに車に載せようという動きといい。これではまるでゲームに設定されたNPCのようです。
 たとえば彼は『ここは○○の村です』と言うためだけに存在しているかのような、舞台装置なのではないでしょうか。
 いずれにせよ、明らかにこの彼がロアの本体とは思えません。
 だとすると、このまま車に乗っていけば本体に辿り着くのでしょうか?
「どうするよ、リア?」
「今のところ、他に進む道はないように思えます」
「同感だが、これが既に攻撃を仕掛けられているってのも充分に考えられるからな。よし、スナオ。リアのことは任せたぜ」
 アリサさんは言うが早いか、私の手を離して助手席のドアに手をかけました。
「さあさあ、乗っておくれ」
 男性も、さっさと運転席のドアを開けて中に入っています。
「アリサさん?」
「虎穴に入らずんばなんとやら。まず私が車に乗って確かめてみるさ」
 言いながら、アリサさんも助手席に座りました。
 と、その瞬間。
「っ!」
 いきなり、車全体が真っ黒に塗り潰されたかと思うと、そのまま周囲の闇に溶け込むように……車も、男性も、アリサさんもいなくなってしまいました。
「アリサさんっ」
「うわ、ほんとに攫われちゃったわ、アリサっ!」
 スナオさんがぎゅっと私の手を強く握ってくれています。
 それは本当に、一瞬の出来事でした。
 まるで周囲の闇が一気に車に襲いかかったようにすら見えました。
 ……闇?
「もしかして、スナオさん。この敵の本体は……」
 そう言ってスナオさんを振り向くと。
「え、なに、リア。よく聞こえない……」
「っ、スナオさん!」
 スナオさんの顔の半分が、既に真っ黒に塗り潰されたかのように、闇に侵蝕されていました。いつの間にか、というのが正しいでしょう。
「あ、リアの顔からして……わたし、さては攻撃を受けてるのね」
 片目から頬にかけてが真っ暗闇に飲み込まれているというのに、スナオさんはいつもの笑顔で強気に状況を確認しています。
「なんとなく右目が見えないなー、右耳が聞こえないなー、と思ってたのよ、トンネルの中で。あれって、トンネルの壁にわたしがこっそり触ってたからなのね」
 ぱっ、とスナオさんも私の手を離してしまいました。
 その白い手が、みるみるうちに黒く変色していきます。
 そう、まるで周囲の闇に同化していくかのように。
「痛みも苦しさもない、そんな攻撃よリア。ごめんね、守れなくて。でも、リアならわたしたちを助けてくれるって信じてるわ!」
「スナオさんっ!」
 私が触れようとすると、スナオさんはササッと身を翻してしまいます。
 そうしているうちにその体はどんどん闇に侵蝕されていきました。
「んじゃ、またあとでね、リアっ」
 精一杯の強がりを見せて。
 スナオさんもまた、闇の中に消えてしまいました。
「アリサさん、スナオさん……」
 一瞬で二人もいなくなってしまい、私は途方に暮れてしまいます。
 
 ドンドン……シャンシャン……。
 
 祭りばやしの音がどんどん近付いているようにも思えました。
 ここで私まで呆然として敵の手に落ちるわけにもいきません。
 今のところ、ヒントになるのはこの『音』と『闇』。
 私はこの場でアリサさんとスナオさんを探すべきなのか、それとも先に進んでみるのか、戻ってみるのかを……一人で決めなくてはなりません。
 元々、この場に迷い込むのは一人なのでしょう。
 今までは二人がいたから、強い気持ちでいることができました。
 
 ドンドン、シャンシャンッ。
 
 その音が、更に近づいてきました。
 辺りを見回しても闇ばかり。その中にこの音を鳴らす何かが潜んでいるということなのでしょうか?
「っ……もしかして」
 そこまで考えてから私はハンカチを取り出し、そのまま音のする方に投げてみました。
 すると。
 ハンカチはさっきのスナオさんのように真っ黒に塗り潰され、消滅してしまいます。
 闇の中に何かがいるというよりは。
『闇そのもの』が敵ということかもしれません。
 つまり……。
「この場所、この世界、この空気……全てが、ロア……?」
 その途方もない可能性に気付いてしまった私は、息をするのも忘れたかのようにその場に立ち尽くしてしまいました。

    ◆       ◆       ◆
 
 迫り来る闇の気配を警戒しながら、私は思い出していました。
『迷いの森(ワンダーフォレスト)』。
 様々な童話や物語で語られる、入った者が出ることができない森のことです。
 日本にも『禁足地』と呼ばれる場所があり、その森に入ると出ることができないという噂があるそうです。
 そこでは森そのものが生きていて、生物を取り込んでしまう、という伝承の地。
 おそらくこの『駅』もその『迷いの森』の一種なのでしょう。囚われた者は帰ることができず、そのまま肉体を失ってしまうのです。
 そして、闇と化して次の犠牲者が来るのを待つという……犠牲者の数だけ広がっていく闇の世界そのもの。
 いわばロアの群体により創られた世界。それがこの『迷いの森』です。
 ロアとして発生したものは、単純に帰ることができないという『場所』のロアだったのでしょう。ですが、そこに囚われた人々の思念が折り重なって膨らみ、単なる場所だったものが世界そのものまで広がったということのようです。
 闇は音を立てながら近づいてきています。その中に、犠牲者たちの思念がまざっているように……私には感じられました。
『誰かに助けて欲しい』『誰かに着いていけば帰れる』『だから連れて行ってほしい』
 など。そんな想念だけが残った存在が『彼らの本体』なのです。
 車ごと闇に囚われてしまったアリサさんも、トンネルの壁に触れたせいで闇化してしまったスナオさんも、もしかしたらすぐにでも助けなければ、あちら側の思念のひとつになってしまうのかもしれません。私も、このままではいずれはそうなるのかもしれません。
 自分の手すら見えなくなる暗黒の中。
 私は必死に対抗神話を考えましたが……。
 そもそも、このロアに対抗神話は存在しないのです。
『無事に帰ってきました』というものは解決策になりません。このロアを倒すには、ただ帰ることができるだけでは意味がないのです。
 従って『帰る方法が明確になる』という対抗神話も意味を成しません。ここに迷い込んだら必ずこれをすれば助かる、という方法を語ったとしても……このロアが消滅するには至らないでしょう。
 そして最終手段である『そしてロアは倒されたのです』という対抗神話の帰結も使用できません。何故なら、このロアには明確な倒すべき敵が存在していないからです。
 想念から生まれて、人々を巻き込み、想念のみで構成されるロア。
 無事に帰ることができたとしてもまたいつ飲み込まれるか解りません。
 いつまでも不安が残る物語は、対抗神話としては弱くなり相応しくないのです。
「っ!」
 と、その時。
 スナオさんと繋いでいた方の私の手が黒く変色していることに気付いてしまいました。
 どうやら、侵蝕はもう私の身にも始まっていたようです。或いは、闇の中に入った時には既にこの体に纏わりついていたのかもしれません。
 ……とても焦りました。取り乱したくなるほどに、心がざわめいていました。
 そんなざわめきすらも、まるで闇が覆い隠していくかのように意識が薄らいでいきます。そう、心すらも侵蝕していくかのように。
 私の中心にあるはずの、強い強い気持ちがかろうじて反発しています。
 その兄さんへの想いすらも、この闇は黒く塗り潰してしまおうとしていました。段々と不安や恐怖などの感覚がなくなっていき、このまま身を任せてしまった方が楽になるではないかという誘惑に包まれそうになります。そして、それに抵抗する焦る気持ちもまた、少しずつ、確実に削られていました。
 いつか、この気持ちさえも失ってしまった時。
 私も、この闇の一部になってしまうのかもしれません。
「……い、いや……」
 口から出たのは、小さな悲鳴でした。
 今までずっと我慢していたものがこぼれた瞬間。
「いや……いやあっ!」
 それは堰を切ったように溢れてしまいます。
 アリサさんがいなくなっても取り乱さないようにしていました。
 スナオさんが消えてしまっても毅然としていようとしていました。
 ですが。
 私の心はもう、限界を迎えていたのです。
「いやっ、助けて……!」
 もう、闇は手だけでなく腕全体……肩の辺りまで迫っていました。
 じわじわと、私の心を追い詰めるように。
 絶望を縫い付けるように。
 私はもう、自分が怖いのか焦っているのか苦しいのかつらいのか、全てが混沌として解らなくなってしまいます。
 その中で、唯一芯として残っている気持ち。
 それが……。
「……兄さん……」
 絶対に失いたくないもの。
 兄さんへの気持ちでした。
 それすらも消し去ろうとする闇から逃れるように、私の口からは自然と……。
「兄さん、助けて……兄さん!」
 その存在を呼ぶ声が溢れ出ます。
 
 その瞬間、でした。

「もしもし、俺だ。今、理亜(りあ)の後ろにいるぞ」

 そっと。
 優しい温かさが背中を包み込みました。
「あ……」
 そう、いつだって。
 私が怖がっていれば、どんな時だって助けにきてくれる。
 私が求めれば、どんな場所にだって駆けつけてくれる。
 それが……私の。
「兄さん……」
 ぎゅっ。
 私を抱き締めてくれる腕に顔を埋めるようにすると。
 目からは涙がこぼれました。
「悪い、理亜。遅くなった」
 背後からは、そんな優しくて温かいいつもの兄さんの声が聞こえました。
 それと同時に、私の心の中に広がっていた闇が晴れていきます。
 もう、不安も恐怖もなくなっていました。
「……嬉しいです。来てくれた、それだけで……嬉しいんです」
 目から流れる涙がまったく止まりません。
 薄く目を開いてみると、闇に侵蝕されたはずの私の体はしっかりと存在していました。
 兄さんが包んでくれたことで、闇を追い払ってくれたのでしょう。
「落ち着くまで、こうしていてやりたいんだけどな」
「……いえ、大丈夫です兄さん」
 本当はずっと抱き締めていて欲しい。
 できればもっと強く抱き締めて、闇なんかではなく兄さんが私を奪って欲しい。
 そんな気持ちをストレートにぶつけたくなりましたが、私は深呼吸をしてからゆっくりと首を振りました。
「私は、兄さんの、妹ですから」
「そっか。……後でゆっくりお話の時間でも作ろうな」
「はいっ」
 それでも、そんな甘やかし方をしてくれる兄さんの声を耳元に聞いて、私は自分の胸の鼓動がどんどん早くなるのを感じていました。
 こんなに激しく胸が高鳴ってしまったら、兄さんに全部聞こえてしまうのに。
 そんな恥ずかしさで、全身が熱くなります。
「そろそろ、シスコンとブラコンタイムは終了でよろしいですか」
 落ち着いた声が背後から聞こえて、私は振り向きました。
 そこには、金髪で白いひらひらした衣装を纏った一之江(いちのえ)さんが立っています。
「え、ええと、すみません……」
「いえ。言い忘れていましたが、高校の推薦入学権、獲得おめでとうございました」
「え、今ここで言うものなんですか?」
「私を止める者などこの世には存在しないのです」
 相変わらず大きく出る方でした。
 そして落ち着いてから兄さんの姿を再確認すると、その格好は戦闘用の学者っぽい服装になっています。完全に臨戦態勢でこちらに臨んでくれたのは確かでしょう。
「お二人はどうやってこちらに?」
「『きさらぎ駅』系のロアの世界に入る方法は案外簡単だ、ってキリカが教えてくれたんだよ。まず適当な列車に乗り込んで、あとは理亜のことを思いながら寝ただけだった」
「え、それくらいでいいんですか?」
 私が目を瞬かせますと。
「誰かに会いたい、夢の中でも会いたい……そんな強い『望郷』に似た想念が生み出したロアとされています。極度のブラコンである理亜さんは早く帰ってそこの変態シスコン男に会いたくて仕方なかったから、その心の隙を突かれたのでしょう」
「う……」
 まったく否定できませんでした。
 私は一刻も早く兄さんに会いたいと思い、少しでも眠れば……列車の中の時間を短縮できる、そんな気持ちになっていたのを思い出します。
 そして、私のロアであるアリサさんやスナオさんも私に引っ張られる形でこのロアの世界に連れてこられてしまったのでしょう。申し訳ないことをしました。
「っと、そうでした。アリサさんとスナオさんが……」
「あの二人のいる場所ならもう把握してあります。この闇は人の声を認識して、寄ってくるようですからね」
 一之江さんが真っ暗闇をチラッと見ると、それだけでさっきの『シャンシャン』という音が遠ざかりました。どうやら、いかにこの世界全てを覆う存在となっているロアであっても、彼女の殺意には恐怖を抱いているようです。
「一之江の『メリーズドール』は、相手が聞こえているならどこにでも行けるからな」
 改めてそう聞けば、応用力の高いロア能力でした。
 一之江さんの声を『聞かない』という選択肢以外では、彼女から逃れることはできないということです。そして、一之江さんの声は距離や空間、概念を超越します。
 どんなに離れていても、どんな対策をとっても『聞く力』がある相手ならばそれを聞いてしまうのです。
「さて、まずはスナオさんですね。もしもし、スナオさん、聞こえますか」
 一之江さんがDフォンを操作すると。
 
 テロリロリー♪♪
 
 アニメのオープニングのイントロ部分を取り込んだ着信音が闇の中……上の方から聞こえてきました。
 一之江さんは聞こえた辺りに無造作に手を伸ばして、ぎゅっと何かを掴みます。
「えい」
「ふにゃっ」
 ドサッ、とスナオさんを地面に引きずり落としました。
「い、痛いわねー! お尻打っちゃったじゃない!」
 現れて早速文句をつけるスナオさんの姿は、赤いマントに包まれていました。どうやらロアの姿になることで闇化を遅らせていたようです。
「お尻は何度も何度も打つことで、魅力的なぷりんぷりんしたお尻になるのです。良かったですね、これでスナオさんも素敵なレディに一歩近付きましたよ」
「え? あ、そうなの? ふふーん、わたしったらレディっぷりでも凄いもんね!」
「はいはい、凄い凄いです」
 おざなりな返事をしながらぱちぱちと拍手をしている一之江さんと、まんざらでもなさそうに得意気な顔をしているスナオさん。
 あの、音が鳴った辺りの闇にスナオさんがいて。それを把握して引っ張りだした……ということでしょうか。『月隠(つきがくれ)のメリーズドール』に距離の概念は存在しないというのは知っていましたが、まさか闇の中に囚われて『どことも知れない空間』に飛ばされた相手すらもその手を届かせてしまうなんて。
「なるほど、そうやれば見つけられるのか」
 そして、その力は今は兄さんも所持しています。
 兄さんは、自分のDフォンが変化したモノクルに手を当てました。
 すると。
 
 デロデロデーン……。
 
 わざとらしくおどろおどろしい着信音が鳴り響きます。丁度、兄さんと私のすぐ上の辺りからでした。
「えーと、この辺かな」
 兄さんはそのまま両手で闇の中をまさぐります。
 そう、一之江さんのロアをその身に宿している今の兄さんは、彼女の持つ能力をそのまま使うことができるのです。だから、今の兄さんにも距離や空間の概念は関係ない、そういうことなのでしょう。
「あっ」
 そして、兄さんの『しまった』というニュアンスの声と同時に。
「んぁっ」
 アリサさんにしては珍しいちょっと色っぽい声が聞こえました。
 そのままトサッ、と兄さんの両腕の中に降りてきたアリサさんは頬を染めています。
 兄さんの手は、案の定アリサさんの胸辺りを思いっきり包んでいました。
「しまった、ついに私もセクハラされちまったな」
「これは不慮の事故なんだが……」
「そのラッキースケベっぷりもまた、お前さんの主人公能力なんだろうぜ。ウチのリアが何かとすぐにお前さんにときめいて『ぽっ』とか『ボッ!』とかなるのも、少女漫画的な主人公補正ってヤツなのさ」
「なるほどな」
「なるほどなじゃありません兄さん!」
 私は慌てて、お姫様抱っこされているアリサさんを兄さんの腕から奪いました。
「あははっ、すまんすまん。ただいまリア」
 アリサさんは悪びれもせず笑うと、私の目元を指で拭ってくれます。
「泣かせちまったみたいだな、悪い。もうお前からも二度と離れないからな?」
「うっ……」
 物凄い男前なことを言われてしまいました。
 アリサさんはなまじ、サバサバした男の子口調なせいでちょっととドキッとします。
「な、すぐドキッとするだろ?」
「なるほどな」
「だ、だから、なるほどなじゃありません兄さんっ」
 私は照れ隠しも兼ねて兄さんの腕に頭をぶつけました。
 耳まで熱くなっているので、それが照れ隠しであることもバレバレでしょう。
「モンジグサグサ用ナイフを推薦入学獲得祝いにお渡ししましょうか」
「……宜しくお願いします……」
「宜しくお願いするなよ理亜っ」
 一之江さんの提案がこんなに胸に染みたのも初めてでした。
 ……そして、気が付けば私もアリサさんもスナオさんも。
 誰も、この状況を絶望的だと思わなくなっていたのです。
 これが一之江さんが現れた時特有の『もう勝った感』みたいなものでしょうか。
「ですが、兄さん、一之江さん。このロアの倒し方は解るんですか?」
 私の対抗神話ではどうすることもできない存在。
 兄さんや一之江さんが凄い力を持っていたとしても、ただの想念の塊でしかないこの相手をどうすれば倒すことなんてできるのでしょうか。
「ああ、ほら。言っただろ? こいつら『聞こえてる』んだよ」
「え? あ……」
 そう。この闇は生きていて、そして私たちの声も聞いていました。
 そして一之江さんは、相手が聞こえてさえいれば概念を超えて殺すことができます。
 でも、この闇全て――。
 果てしなく広がる『世界』にすらなっている闇を殺せるのだとすれば。
 一之江さんは……。
「このまま、ここに囚われた犠牲者の人々が、ここで永遠に次の犠牲者を待ち続ける闇のロアになって生きるのと。一之江に一思いにズバッと殺して貰うの、どちらがいいかなんて俺には解らないけどな」
 兄さんは、困ったような顔で手を差し伸べました。
 その手の周囲に、闇の粒子がふわふわと舞っています。
「会いたい人がいたんだよな、この闇たちになってしまった人々にも」
「そう……ですね」
 会いたい人がいて、その人のことを想って列車の中で寝てしまった。
 たったそれだけのことで、こんな場所にきて、体を失い、心もなくしてしまう。それがロアの被害なのですから仕方ないとはいえ、兄さんの目は本当に苦しそうでした。
 私も兄さんに会いたくてこの場所に来てしまい、そして闇に囚われそうになったから解ります。この闇に溶けてしまった人々はみんな、私と何も変わらない人々だったのだと。
「モンジ、範囲が広いので力を貸してください」
 一之江さんが兄さんに手を差し伸べました。
 その顔はいかにも不満そうで、なんだか怒っているようにも見えます。
「ああ、俺の力は使えるだけ使っていいぞ」
「足腰立たなくなってここに一人だけ置き去りにするくらい使います」
「それだけは勘弁してくれっ」
 そんな言い合いをしながら二人が手を握り合うのを見て。
 つくん、と私の胸が小さく痛みました。
 ……あの二人の間には、入り込めない何かがあるような気がしてしまったからです。
「しかし、こんな闇になった相手に『振り向く』なんて概念があるのかね」
「大丈夫です。私に意識さえ向ければ、ズババッと皆殺しにするだけですから」
 兄さんの疑問にもさらりと冷たく答える一之江さん。
 ……もしかしたら、あれは兄さんに気を遣っているのかもしれません。
 こんな闇になってしまった人々にも同情している兄さんを少しでも元気づけようと。
 慰めるとか、安心させてあげたいとか、そういうことしか浮かばない自分には辿り着けない領域なので、やっぱり私は羨ましく思ってしました。
「あいつらはあいつらでパートナーだからな」
「わたしたちもパートナーよ、リア?」
 気が付けば、アリサさんとスナオさんが私の横に立って手を握ってくれます。
 ……パートナー。
 そうですね。そういうものまで望んでしまうのは欲しがり過ぎかもしれません。
 私は兄さんの妹であり、一緒に事件を解決できる主人公でもあります。
 そして、いつかは兄さんの……。
「はい。負けませんよ」
「それでこそ私のマスターだぜ」
「そうね。わたしのリアはさいきょーなんだから!」
 二人の笑顔と温かさに癒して貰いながら、兄さんと一之江さんを見守ります。
 一之江さんは兄さんと繋いでいない方の手を優しく差し伸べて。
 そして、静かに告げました。
 
「さあ、大事な人の所に帰るために。私たちを見て……」

 ……そう言われたら、この闇たちは全て一之江さんを見るしかないでしょう。
 質量と言うべきなのでしょうか。それとも、温度と言うべきなのでしょうか。
 この世界を構成している闇そのもの、その全てが一気に一之江さんにベクトルを向けた、それがはっきりと解りました。
 それはまるで、一之江さんを中心にしてこの世界の重力が集まっていくような、重くて苦しいイメージに繋がります。

「「『見返殺害(メリーズピリオド)』」」

 一之江さんと兄さんの言葉は綺麗に重なっていました。
 途端、その二人の体が光ったように見えます。
 いえ、実際は二人の周囲からどんどん『闇』が消えているのでしょう。
 一之江さんの差し伸べた手の先。
 そこには……満天の星空が浮かぶ夜空が見えました。
 そして、白く輝く月がありました。
 どちらもこの世界には全く存在しない『光』です。
「ほう……」
 アリサさんが感心したように呟きます。
 ついさっきまで私たちと同化しようとしていた闇たちの意識が、一斉にその『外』へと向かっていきます。
 ……私には聞こえました。
 闇から光に出る時の歓喜の声が。
 そして、ここから出してくれることへの感謝の声が。
 まるで外の世界の方が闇を侵蝕していくみたいに、辺りの光景がどんどん……平和でのどかな田舎の風景へと変化していきます。
 それは、一瞬のことだったのかもしれません。
 ですが私には、とても長い時間のように思えていました。
 ……やがて、闇だったものは全て消滅したようです。
 そこには、ごく当たり前の『夜』が広がっていました。
 虫の声も聞こえますし、遠くからは車の走る音も聞こえてきます。
 あの祭りばやしのような奇怪な音はもうどこにもありません。
「世界そのものになったロアすら殺し尽くすとは。スナオ、あれが『殺す』ことに特化したロアの在り方だぜ」
 アリサさんがスナオさんに語りかけると、スナオさんの手がぶるっと震えました。
「じょ、じょーとーじゃない。それでこそ、ライバルって感じよ!」
 今のスナオさんに、そこまでの殺傷能力はありません。
 ですが、一之江さんのように自分の逸話の拡大解釈をより大きく広げ、世界を殺すことすらできるようになれば、いつかは辿り着くのかもしれません。
 ですが……そんな人物は、一体何を考えて、どんな悩みを抱いているのでしょう。
 誰かに会いたくて、こんな世界に迷い込んだりすることなんてあるのでしょうか?
 そもそも、人間らしい感情というものは持ち合わせているのでしょうか。
 私自身が存在の危険を冒した後ではありましたが。
 スナオさんには、そんな恐ろしいロアにはならないで欲しい、と。
 勝手に、思ってしまいました。
「さて……『迷いの森(ワンダーフォレスト)』討伐完了ですね」
 一之江さんの姿は、いつの間にか見慣れた白い制服姿に戻っていました。
 そのまま、フラッと意識を失うかのように倒れそうになり。
「だな、お疲れさん」
 当たり前のように、兄さんが支えています。
 再び、私の胸は痛くなりました。
 一之江さんであっても、やはりあれだけの敵を倒すことは負担で。倒した直後にロア状態が解除されるほどの疲労であり。そして、それを兄さんが把握していた。
 それがなんだか悔しくなります。
「モンジ、そろそろ必殺『イモウト・ジェラシック・ファイアー』が炸裂しそうなので、理亜さんを大事にしてください。私はそこの金髪ドリルに恩を着せます」
「むっ、そっか」
「ジェ、ジェラシックファイアーなんて撃てませんっ!」
 そして私に気を遣うことまでされてしまい、ついつい声を荒らげてしまいました。
 それに、ジェラシーという英語にそんな言い回しはなかったはずです。ジュラシックという言葉にかけて面白おかしく言っているのでしょうが、ことさら『言葉』を大事にする身としては気になって仕方ありません。
「ってなわけで、悔しいけど恩返ししてくるわー」
 スナオさんがトコトコ歩いて、一之江さんの小さい体に肩を貸していました。確かに、体のサイズ的にもスナオさんがピッタリなのは確かでしょう。
「ふむ、となると私はお前さんの兄さんに恩返しをしないといけないわけか。困ったな、私から返せるものなんて、このうら若き美少女の体しかないぞ?」
「い、いけません、アリサさんっ」
「いらんいらん、恩返しなんて。アリサも俺の仲間だろ」
 兄さんは呆れたように言いながら私たちの所に戻ってきてくれました。
「仲間だからこそ、ちゃんと貸し借りを大事にしないといけないもんだぜ? と、いうわけでどうだい。私の初めてでも貰ってみるかい?」
「俺の初めても貰われるから勘弁してくれ」
「なんだなんだ、あんなに手を出せる女がいっぱいいるのに、まだそんな状態なのか。つまり、アレか? 実は男が好き的な?」
「ないない。それだけは絶対にないない」
 アリサさんと兄さんもすっかり仲良く話をしていましたが、私がそんな話題に入れるはずもありません。
 は、初めてをあげるとか。に、兄さんも……初めて、とか……。
 ……そっか、兄さんは、まだ、なんですね……。
 そのことにとても安心している自分がいることがより恥ずかしくなります。
「理亜?」
「知りませんっ」
 こんな時に話しかけられても困るだけなので、私はそっぽを向きました。
 兄さんが「あちゃー」という顔をしているだろうことと、アリサさんがニヤニヤしているのが容易に想像できます。
 それにしても、仲間だからこそ貸し借りを大事にしないといけないというのは、とても大切なことのように思いました。
 兄さんと私は身近な存在だからこそ、ちゃんと今日助けてくれたお返しをしないといけないのでしょう。
 そう、たとえば私の…………。
「うくっ」
 ダメでした。
 想像しようとする、その前段階でもうダメでした。
 どうやら私の中にはそういうことに対する抵抗力が全くといっていいほどないようです。これも潔癖症のひとつなのかもしれません。
「さーて、ここはどこの田舎なのかさっぱり解らんけど、なんとか帰るとしようぜ。闇どもに存在を喰われまくって、へとへとなんだ」
「あー、わたしもー……気怠いー……」
 アリサさんとスナオさんが疲れたようにため息を吐きながら告げました。
「そういえば、二人は闇の中で食べられていたのに大丈夫だったんだな?」
「そりゃあな。マスターであるリアがちゃんと諦めずに生きていてくれれば、私らはいくらでも頑張れるようになってるのさ」
「そーいうことよっ。わたしのリアはさいきょーなんだから!」
 二人が私を心から信頼してくれていたおかげで、二人とも無事に帰ってくることができた、ということでしょうか。
 それは信頼であったり、或いは絆と呼ばれるものなのかもしれません。
「車は呼んでありますから、しばらくここで待っていればOKですよ」
「あー……車に乗るのは勘弁して欲しいが、そうも言ってらんないか」
 アリサさんの言葉を聞いて、思わず吹き出しそうになりました。あんな目に遭えば、車は嫌になってもおかしくありません。
 ともあれ。
「兄さん」
「ん?」
 私は間近で、まだ私を心配している兄さんに顔を向けて。
「助けてくれてありがとうございました。私も、兄さんのためなら……ええと。なんでも、しますから。いつでも、言ってくださいね」
 兄さんが心から望んでくれるなら、私はきっと。
 そんな決意をこめて兄さんに告げると。
「ああ、俺も理亜のためならなんでもするから、いつでも言ってくれよ?」
 なんて、せっかく決意したのに違う意味で取られてしまいました。
 まあ、これも兄さんらしくはあるので。
「はふぅ……」
「ん? やっぱ疲れちゃってたか?」
「まあ、はい、色々と。……少しだけ、寄りかからせてくださいね、兄さん」
「おう」
 私はそのまま、兄さんの肩に頭を当てます。
 そこに兄さんがいてくれる。
 その安心感が胸に広がって……。
「……会いたかったんですよ、兄さん」
「……ああ」
 そんな気持ちのせいで、あんなロアの世界に巻き込まれたわけですが。

 それでも、この気持ちを止めることなんてできるはずもありませんでした。

異聞外話・了 


2014年08月13日

委託について(ぶっちゃけ文)

こんばんはお兄様。

どうも、サイトウケンジです。
ちらほらとTwitterで質問がでてきましたので、
本日は委託についての連絡です。 

超ぶっちゃけたお話をしますと、
僕自身がコミケに小説系サークルとして初参加というのもあるので、
同人誌における「小説本」というものがどれだけ手にとっていただけるのか
まったく解らない領域です。
知り合いのイケメン作家たちに尋ねてみても数字はまちまちで、
正直予想がまったくつかないというのが現状です。

なので、今回の冊数が「死ぬほど余った、どうしよう!」という可能性もあります。
もしくは「ごめんなさい、まったく足りませんでした!」という可能性もあります。

これらのことから、同人専門店さんなどに委託する場合、
それなりに数が余った場合となります。
これがいわゆる僕が言っていた「委託検討中」というものの正体です。
(あとは飛ぶように なくなってしまって、これは更に刷り直さないとね、あはは!
 という場合も委託します。こっちの方が僕は嬉しいです)

と、いうわけでTwitterなどで「委託はありますか!」という嬉しいお言葉には
「検討中です(いっぱい余っちゃったか、あっという間に売り切れちゃったらね☆)」
という返事になるわけです。

今回はそんな裏話だけだと切ないので、木緒なちさんからいただいた
表紙案で僕が悩んだ「いかにもMF文庫っぽい表紙案」を掲載しつつ。
(案なので文字部分がちょっと間違ってしまっていたりします。ご注意ください)
良ければ8/16にコミックマーケットの会場にいらしてくださいませ。

サイトウケンジより

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2014年08月10日

夏コミ情報・お品書き

こんばんるるも。

お疲れ様です、サイトウケンジです。
挨拶はさておき、タイトル通り本日はお品書きです!

ノベルの値段設定さっぱり解らないので、
いつぞや同人小説でも先輩であらせられる橘ぱんお兄様に
尋ねて見たら「わはは、忘れた!」と朗らかに仰られました。
流石ですわ、お兄様。なかなかできることじゃないよ。

というわけで色々見たりなんだりして、
文庫サイズで188pでフルカラーカバーで、クリアファイルもついて……
ええい、ペーパーっぽいものもつけてみよう!
みたいな色々な結果こんな感じとなりました。

お品書き

サインに関してはこのペーパーが素早く届き、
なおかつ僕に大量のサインを書く気力があればとなります。
というかサインってどうなのかなあ? なんて思いつつ。
ペーパーには愛らしい一之江さんの設定もちょこっと載っているので
当日はぜひ受け取ってくださいませ。

ではでは。